ろこのかたこと

たまに役者をやる会社員の日常

ぽろりぷろぽーずの話

 人生のなかで、他人と結婚の約束をすることがあるとは。そんな日がくるとは。

 かといって夢見心地というわけでもない。感慨深い思いに混ざり合う、わくわくと、ほんのわずかな緊張。

 

 11月3日――誕生日の翌日に、運よく推しアイドルの特典会があった。

 大好きなメンバーたちに「おめでとう!」と祝ってもらい、「今年の目標は?」と聞かれたときに、「結婚したい」とぽろっと言ってしまった。「お誕生日おめでとう」の一言をもらいにいくつもりで、そのあとに続く会話については何の準備もしていなかった。予想外に突かれて、無意識に口から転がり出てきた「目標」とやら。大それた願いだ。自分一人の努力ではどうにもならないことなのに。

 

 婚活で出会った人なので、ある程度は将来を見据えて付き合っていた。初めてのデートの日に、たいして好みじゃなかったのに「結婚するならこの人かも」という直感を抱いて、その気持ちが不思議と消えなかったのだ。

 そのくせ、異性としての好意はなかなか育たなかった。果たしてこれでいいのかと心は度々大きく揺らいで、今も悩むことはあるが、少しずつ振れ幅は小さくなってきている。

 

 推しの前で言葉にしたことで、心が決まった。ひとまず、自分の中の感覚を信じることにした。特典会後にその足で行った誕生日祝いのデートで、勢いに乗った私は彼の手を取って「結婚しようね」と言った。「推しに言っちゃったからさ」と話したら笑ってくれた。

 ひとりでいる気楽さは手放し難い気すらするが、きっとふたりでこそできるおもしろいこともたくさんある。自立した上で、一緒にいるとより豊かでいられる関係でありたいねと話した。とにかく対話を重ねてくれる人なのが良いと思う。実のところ、相手への感情が歴代の(ほんの数人の)恋人たちへ抱いていた感情と違いすぎて、この気持ちが「好き」なのかわからない。でも間違いなく愛情の形をしている。なるべく丁寧に向き合って、大事にしていこうと思う。

 

 推しメンはチェキにサインをしながら「別れろ~」なんてかわいいことを言ってくれた。ほかのメンバーにはヤキモチだなんて囃したてられて。チェキを見るたびにこの日を思い返してにやにやしてしまうだろう。一生大好きだ。ああまったく、パートナーへの気持ちも、これくらいわかりやすければ話も早いのに。

羊羹と秋風のこと

 次に何を書こうとしていたのか、もう忘れた。

 確か、こまめにアウトプットしたいと言っていたはずだけど、そんなマメには継続しなかった。見事な三日坊主だ。

 仕事で文章を書くことがよくあり、その度に、趣味のひとつに作文があってよかったと思う。仕事が楽しいという意味ではなく、慣れているから比較的早く片付くのだ。校正や要約も周囲に比べるとできるほうのようで、特段秀でた文才があるわけではないにせよ、なんとなく得意な気分になる。

 とはいえ仕事で書く文章におもしろみはないので、こうやって好きに言葉を並べていくことはこれからもやっていきたい。ツイッターで済ませてしまう毎日の中に、たまにまとめて吐き出すタイミングを挟んでいきたいと思う。

 

 いただきものの羊羹がおいしい。ブルーボトルコーヒーのチョコレート羊羹。ミニサイズでありながら、濃厚で十分満足できる。コーヒーによく合う。

 つい先日、胃腸炎で数日倒れたことがあった。滝のように腹を下しながら、絶えず胃だか腸だかがぎゅるぎゅる鳴き、吐き気さえした。胃がやられることなどほとんどない人生を歩んできたため、最初はこの症状が何なのかわからず大変戸惑った。

 特に食欲がないことにショックを受けた。主治医は「なるべく食べるな」と言ったので、素直にそのとおりすればよいのだが、おなかがすかないという事実が本当に悲しくて、病院帰りの昼食にはセブンイレブンで買ったどら焼きだけ食べ、薬を飲んで寝た。普段の私だったらそんなもんで足りるはずがないので、まさしく異常事態だった。

 3日かけて復活し、元気に朝ごはんを完食できた時はうれしかった。食事を心から楽しめるというのはなんとありがたいことだろう。そうそう、私というのは三食どころかおやつの羊羹までペロリなのだ。この健康は一生保っていかなければならないと強く胸に誓った。

 

 ただ、一難去ってまた一難と言おうか、今度は寒暖差で鼻と喉をやられている様子がある。水っ洟がぐずつき、地味に体力が削られている。今年は夏が長引きすぎた。そのくせ朝晩が冷えるようになるのはスイッチが切れたかのような唐突さだ。さすがに参ってしまう。

 秋が大好きで、それは食だけでなく、服もかわいくて最高だと思う。通勤の道を、朝だけはなるべく歩くようにしているが、先月ひとめぼれで買ったベージュのジャンパーが、満を持して活躍してくれるようになった。かわいいジャンパーを羽織った肩で風を切ってもくもくと歩く。頬にひんやりとした空気が当たる。顔を上げれば空が高い。最高である。夏との落差がこんなに激しくなければもっと助かるのに。

 歩行瞑想というものがある。ただ歩くことのみに集中し、頭を空っぽにすることで思考をクリアにする。私もそれを試みようとしていたが、どうにも雑念ばかりが浮かんでしまってうまくいかない。邪道ではあるが、音楽を聴きながら歩くといつの間にか無になれていることに気づいた。仕事前の30分間、心地よいウォーキングを楽しめるのはあと一か月程度だろうか。寒さで縮み上がるような時期が来るまで、束の間、味わい尽くしたいものだ。

よもやまビール2~京都の路地裏に無限の夢あり~

 クラフトビールの魅力にはまって、かれこれ1年半ほどが過ぎ、前回のビール語り記事からも1年過ぎようとしている。

 その間にも愛は加速しており、遊びの目的がビールになり、醸造所やフェスに通い、グラス1杯800円と言われても平然として財布を出すまでになった。(1,000円と言われたら少しだけビビるが、結局飲む。)結構立派な「ビアギーク」である。

 

 ここまでの深みにはまるきっかけとしては、漫画「琥珀の夢で酔いましょう」(こは酔い)の存在が大きい。実在のビールや醸造所、醸造家の方々が作中に登場するのが大きな特徴のこの作品には、ビールを楽しむためのあらゆるヒントが詰まっている。

 主人公の七菜は、広告代理店の派遣社員である。京都の会社に勤めているのだが、自分の仕事が正当に評価されないことに苛立ちやもどかしさを感じている。疲れ切ったある夜、白熊という居酒屋を見つけてふらりと立ち寄り、そこで高知出身の店主・隆一、フォトグラファーの鉄雄、そしてクラフトビールと出会う――、という話である。

 

 第1話に登場する、京都醸造の「一意専心」を、デパ地下の酒売り場で見つけて購入した。1缶700円弱の値段に当時は恐れおののいたが、元々アニメや漫画の聖地巡りをしたり再現レシピを作ったりというのが好きで、食事のためというよりも漫画好きの延長で手に取った。

 一意専心の衝撃は大きかった。旨味が全然違う。それまで私の中でのビールはスーパードライ一党だったから余計に。味の濃さも風味の豊かさも全然別物で、ビールにこんなに幅があること自体にカルチャーショックを受けた。

 前回のビール記事でも書いたように、ギネスなどの黒ビールは飲んだことがあったし、よなよなエールは大学生の頃によく飲んだ。地ビールというものも存在は知っていた。でも一意専心を一口味わったその時、初めてクラフトビールというものが目の前に立ち現れ、広大なビールの世界の一端に触れた気がしたのだ。

 

 第2話では、スーパーでもよく目にするようになった水曜日のネコ箕面スタウトといった銘柄も登場し、隆一のおばんざいとのペアリングを次々に試していく。ビールは合わせる料理次第でもっとおいしくなるのだと、よく見知った銘柄で紹介されていくと説得力がある。自分でゼロから試していくのは初心者には難しいし、胃のキャパシティに限界があるが、漫画を参考にして食卓に再現すれば効率がいい。

 最も感動したのは、COEDOの瑠璃と、蒸し鶏梅肉と大葉のサラダのペアリングだ。地元埼玉の名産であるCOEDOビールが漫画に登場していることが嬉しく、さっそく実行したのだが、瑠璃のさわやかさが存分に生かされて、ペアリングがうまくいくとはこういうことかと心の底から納得した。

 

 こうしておいしいビールと食事に出会う経験を積み重ねていくと、ビールのスタイル(「IPA」や「スタウト」など、味の傾向の分類をいう)を読めば何となく味のイメージができるようになる。さわやかな味わいらしいから刺身と合わせてみよう、などと試して、それがばっちり合ったときは本当に気分がいい。記憶の中の経験と掛け合わせ、トランプでいう神経衰弱をしているようなものだ。

 さらに自分の好みもわかるようになっていくので、「駆けつけ一杯にはやっぱりピルスナーがいい」とか、「このアンバーエールは締めにとっておこう」というふうに、お店のビールリストや酒屋の冷蔵庫の前で自分なりのセットリストが組めるようになっていく。

 ただそうして好みで固めすぎると、せっかく種類が豊富なビールの世界なのに選択肢が狭まってしまうので、たまには他人の勧めにも乗ってみる。自分じゃ選ばないようなサワーやポーターを、騙されたと思って一口飲んだ時の驚きも楽しい。それならこのつまみはどうだろうと、また幸せな神経衰弱をしては感動が増していく。

 

 「こは酔い」の作中でも、七菜たちが同じように模索して楽しんでいる。私はキャラクターの中でも鉄雄と好みが合うので、彼の好きなスタイルや銘柄は特に参考にしていたりする。なお彼の過去がフィーチャーされる16話(第3巻収録)は神回なのでぜひ読んでいただきたい。

 また、「こは酔い」はビールを通して、いろいろな立場やハンデを抱えたキャラクターの人生が描かれるのも大切な要素だ。性別、国籍、障害や特性、様々なバックグラウンドはあれど、誰もがビールを飲む。苦いものが嫌いでも、アルコールに弱くても、そういう人へ寄り添える一杯が必ずあるのがクラフトビールのクラフトたる強みだ。おおらかなビールの世界で、群像劇を包み込んでいる。漫画の中のビアギーク仲間が、それぞれの人生を精一杯生きている様に、勇気づけられる。

 

 クラフトビールの良さは他にもあるし(個性的なパッケージ、国境を越える共通言語たり得る、フェスの楽しさ、等々)、「こは酔い」の好きなところも語り尽くせないが(最近は七菜と、七菜の推し俳優・慎との関係性が熱い)、手元のビールの飲み頃を逃しそうなのでこのあたりにしておこう。

 「こは酔い」コミックスは令和6年6月現在で7巻まで刊行しており、連載は続いている。酸味や苦みが強かった7巻のその先が気になって仕方ないが、日々ビールを味わいながらページめくって待っている。

再始動かな

 なんか書く、ということがなかなかできなくなっていることに気づいた。

 思うままに筆を走らせる。まとめる。世に出す。

 日々SNSにたらたらと独り言を垂れ流してはいるが、140字とか「風呂入ろ」とかの話ではなく、原稿用紙2~3枚程度のエッセイを書きたいと思っている。もしくは物語、詩、そんなものを。

 書き上げるというのは本当に大変なことだとつくづく思う。見切りをつけるというか。欲を捨てて「こんなもんだろう」と手放すことの難しさ。私の手元には、未練がましくかき混ぜ続けている原稿がいくつもあるし、脳内にはもっとある。

 手帳はアナログ派の私は、毎朝その日のタスクややりたいことを書き出しているのだが、ここ数日は「なんか書く」と箇条書きのひとつに挙げられては流されている。アウトプットの欲求の塊が胸の中にころりと転がっている。仕事をするたび、家事をするたび、音が立たない程度のつつましやかさで、そのくせ無視できない絶妙な存在感を主張する。

 最近はまた、個人サイトを作ろうかと思ったこともあった。学生時代はインターネット上に小さなアジトを構えていたが、今やどうなっているのか不明だ。サーバーごと消え去っていることを祈る。あのころ恥ずかしげもなくやっていたような、写真を撮って、短いポエムを添えて、MEMOに投稿するといった、気軽な「なんか書く」ことがしたい。誰も読んでくれなくていいけど、たまにアクセスカウンターが回ると嬉しいような、小さな喜びをまた味わいたい。

 そうはいっても、今この時代に私自身がhtmlをぽちぽちと打つのかというと、結局面倒だったというか、それはしっくりこなかった。ていうか、はてなブログがせっかくあるのにもったいなくない?という声が勝った。前回の記事を読み返すのがためらわれるくらいの放置っぷりだけど、ごめんね、はてなブログ。今再び拠点にさせていただこう。

 

 心が決まったところで、さて、と前回の記事を振り返る。

 クラフトビールにはまったきっかけを長々と書いていた。ふんふんなるほど。他人事のように読み返してしまう。

 引き続きビールにはまるきっかけになった作品について述べたいとしているが、つまりこれは漫画「琥珀の夢で酔いましょう」への愛を叫ぶことになっている。それにしても長いので、内容は濃くありつつも、なんとかさらりと書いてしまいたいところだ。そうでなければまた1年くらいあっという間に経ってしまう。

 できるかなあ。

よもやまビール~ミステリーとグルメと4つのビールタップ

 昨今のクラフトビールブームは、街を見渡せば一目瞭然だろう。取り扱う飲食店が続々と増え、ビアフェスは季節を問わず盛り上がり、スーパーやコンビニに陳列されるビールの種類も多種多様だ。

 私もかれこれ半年ほど前から本格的に沼にはまっている。この春に職場を異動になって、同僚たちの前で挨拶をした時も「クラフトビールにはまっています」と自己紹介をしたほどだ。

 単に晩酌のお供にとどまらず、ビールを求めて出かけるような今の楽しみ方に至るきっかけは何だったか――思い返してみると、とある小説が脳裏に浮かぶ。

 北森鴻の「香菜里屋シリーズ」、連作短編ミステリーである。

 

 元は2001年発表の作品だが、文庫の新装版として2021年に刊行しており、toi8さんの装画で目に留まった。ミステリー大好き、グルメ漫画やグルメ小説も大好きなので、これはと思い、一作目の『花の下にて春死なむ』を手に取った。

 話の舞台は主に三軒茶屋にある香菜里屋というビアバーである。その店主・工藤が、客たちの話をカウンター越しに聞きながら、様々な謎を紐解いていく。工藤が積極的に事件に対して何かを働きかけることはほとんどなく、いわばアームチェア・ディティクティブとしての役割を担う。

 ミステリーとしての面白さはもちろん素晴らしいのでぜひとも実際に読んでいただくとして、この作品はビールと料理の描写が突出して上手い、否、旨いのだ。

 

手羽のつけ焼きとはずいぶんとシンプルな。あくまでもこの店にしては、と思ったが、飴色の肉にかぶりついたとたん、仲河の舌は幸福な裏切りに遇った。ふんだんに赤ワインが使われているらしい。幾種類かの香辛料の味と渋み、それに淡い甘みが肉そのものにしみている。味付けもさることながら、どうやら調理方法に秘密があるようだ。

「こいつは……アルコールがすすんでしょうがないね」

「お口に合いましたか」

我ながら品が良くないとは思ったが、それこそ骨までしゃぶり尽くすようにきれいに食べ終え、度数のやや高めのビールで口内を洗い流すと、あとはただひたすらに幸福な印象のみが残った。』(北森鴻『蛍坂』より)

 

 流れるような言葉たちから、まるで肉汁が滴り落ち、香りがとろりと漂ってくるかのようだ。料理に寄り添うビールの役割もまた、これ以上ないほど的確に表現されている。きっと手羽に似た濃い色で、スパイスとモルトの旨味が重なり合いながら喉を流れていくのだろう。ビールそのものの具体的な描写は小説にはほぼないが、私だったらこの手羽のつけ焼きにはアンバーラガーを合わせたい。琥珀色でしっかりと苦みがありつつ、のど越しが良いものが欲しい。

 もしくは、先日飲んだ秋田の醸造所・ブリュッコリーのフラックスというビールが合いそうだ。スモークアンバーエールというスタイルで、スパイスカレーと抜群に相性が良かった。きっと手羽の濃い味やスパイスの香りとも絡み合いながら、意外と軽やかな後味で脂をすっきりとさせてくれるだろう。

 旨い店には人が集まり、ほどよいアルコールには人の心も解け、カウンターに立つマスターの穏やかな佇まいに、常連と一見の会話すら自然に生まれる。こんな店が実際にあったなら、と読むたびに憧れてしまう。

 

 さてこの香菜里屋には常時、度数の異なる4種類のビールが置かれているという設定になっている。一番度数の高いものは12度ほどで、ロックで提供される。これは私にとって衝撃だった。

 ビールってそんなに種類があるものなんだ。ロックで飲むタイプなんてあるんだ。

それまでも私にとって酒といえばビールだった。大学時代、真夏の炎天下で芝居の大道具作りに励み、作業後の飲み会でグイっと飲み干したスーパードライがガツンとうまかった。以来、酒の場では基本的に最初から最後まで「生中」で通してしまうようになった。あの苦みや、後味の切れ、喉から全身に染みわたっていく感覚が何度飲んでもたまらない。

 つまりビールといえばスーパードライで、せいぜいキリンやサッポロくらいの違いしか知らずに(目に入らずに)いた私にとっては、香菜里屋の4つのビールタップがそれこそ次元の違う文化のように思えた。

 しかも提供するビールによってグラスを変える。料理を工夫する。そんなに繊細なバリエーションのある楽しみ方ができるものだとは。

 

 スーパードライ以外のビールに全く触れてこなかったのかといえばそうでもない。黒ビールや白ビールの存在は知っていたし、キリンシティではハーフ&ハーフがお気に入りだった。

 ただ、肝心の「飲み手」である私に、知識と覚悟がなかった。覚悟というのは、無限に広がるビールの味わいとペアリングに向き合う心構えのことである。香菜里屋シリーズに描かれていたのは、あまりにも広く深いビールの世界への入り口であり、楽しみ方の素晴らしいお手本だった。

 なにも知らなくたって、ビールはおいしい。だが「飲み手」が楽しみ方を覚えて能動的になると、抜群に、圧倒的に面白くなってしまうのだ。

 なるほど、ビールにいろんな種類があって、料理との合わせ方も考えるといいらしい。「香菜里屋シリーズ」を読むにつれ、だんだんとスーパーやコンビニのビールコーナーで変わり種が気になり始めた。

 いわれてみれば「よなよなエール」や「水曜日のネコ」は多分クラフトビールで、学生時代にサークル仲間が好きで飲んでいた気がするけど、スーパードライとは全然違う味だ。そもそも「エール」と「ビール」って何が違うんだ?こういうのがもしかしてめちゃくちゃあるのか……?

 

 こうして私の舌先に芽生えた興味を、ぐっとリアルに結び付けてくれた作品がもう一つある。次の記事で紹介したいと思う。

 これ以上長く書いていると、ビールの飲み頃を逃してしまいそうだ。

I wish

 7月に入った。一年の半分が終わった。年々早くなっていくような時間の進みかたに戸惑う。

 2023年の上半期を思い返すと、久々にマスクを外して生活ができるようになった喜びが大きい。もちろん、状況によっては着用するのでマスクケースを携帯するようにしているし、引き続き手洗いうがいなどの感染症対策は欠かさず行っている。だがやはりダイレクトに空気が吸える心地よさは格別だし、夏を前にして肌荒れの心配が減ったのはとてもありがたい。

 ここ数年は、一年のはじめに「やりたいことリスト」を作るのが個人的きまりになっている。堅苦しい目標ではなく、なるべく不要不急のものを考えるのがミソだ。例えば予定のない休日に、リストに立ち返って消化を試みると、なかなかに充実した時間を過ごせたりする。

 今回は上半期の総括がてら、リストの内容を紹介していこうと思う。

 まず、今年のラインナップは次のようになっている。

 

①旅行

②寝室をかわいくする

③ホールケーキをひとりで一気に食べる

④急須で緑茶を飲む

⑤絵を描く(ツイッターのアイコンを変える)

⑥自転車整備をする

⑦防災の備蓄を見直す

⑧推しグループ以外のライブに行く

⑨宅トレ環境を充実させる

⑩初めてのファッションアイテムを取り入れる

 

 現時点では、①③④⑤⑥⑩の6割達成という状況になっている。例年、年末時点で6割程度なのでかなり好調である。

 春に行った奈良と京都、そして初夏の秩父への旅は、文化財クラフトビールに存分に溺れて、めちゃくちゃ楽しかった。一人旅も友人との旅もそれぞれに満喫でき、幸せな時間だった。

 一人暮らしはもう長いのに急須というものがなく、いただきものの茶葉がキッチンの隅に眠ったままだったが、ハリオの急須を見つけて即決した。ガラス製なので一緒に使う湯呑を選ばないし、食洗機が使えるので手入れが非常に楽なところが気に入っている。

 パソコンを買い替え、クリスタを導入したのでいまは絵を描くリハビリ中だ。自転車は近所のサイクルショップでメンテナンスをし、空気入れも購入したので快適に使うことができるようになった。

 初めてのファッションアイテムとして実際に取り入れたのは指輪である。セットで数千円程度の安価なものの中で、なるべくチープに見えないものを吟味して購入した。手洗いの時に少し面倒なことを除けば、意外なくらい華やかに見えるので素敵だ。

 

 そして今回特に取り上げて書きたいのは、「ホールケーキをひとりで一気に食べる」というお題だ。

 まあるいホールケーキをひとり占め。多くの人が夢見るシチュエーションではないだろうか。ゴールデンウィークの一日を使って、私はこれを実現することに決めた。

 まずはケーキの選定。きっと一生に一度だろうから多少高くてもいいと思い、デパ地下を2周くらいした。決めたのはGRAMERCY NEWYORKのいちごショートケーキ、4号サイズで3,456円だった。(ちなみにケーキの号数は直径を3で割った数字になるので、4号というと直径12センチ程度のものである。)

 つやつやとしたいちごが、真っ白なクリームの上で踊るように乗せられて、金箔もちらり。見ているだけで気分を盛り上げてくれるその姿。これを独占できるのだと思うと高揚感で胸がいっぱいになった。

 大切に抱えて家に持ち帰り、準備にかかる。きっと途中でしょっぱいものも欲しくなるだろうと踏んで、鳥ハムやクラッカー、ミニトマト、玉ねぎのマリネを用意。徹底的に自分を甘やかすためにスパークリングのロゼワインもグラスに注いだ。同時に、なるべく罪悪感を軽くするため、その日は朝食を極力減らしていた。おなかもぺこぺこのお昼過ぎ、万全な体制である。

 写真を撮り、いざ実食。

 思いっきりおおきなひと口目を、ケーキ用ではない通常サイズのフォークでとり、ほおばる。

 おいしい。生クリームがかろやかな甘さで、甘酸っぱいいちごと最高にあう。スポンジのふかふかも最高だ。ぱくぱくと進んでしまうが、普通ならもう自分の分がなくなってしまうよという頃合いでもまだたくさん残っている!

 ロゼワインで幸せをおなかに流し込みながら、あっという間に3分の1まで食べてしまった。これは余裕なのでは?このサイズを楽勝で食べてしまうとしたら、さすがに自分の食欲旺盛すぎてちょっと心配になるな……と思ったのもつかの間。

 半分食べ進めたところで、手が止まった。

 この展開が信じられず愕然とした。静かにフォークを置く。本当に本当においしいのに、あんなにおなかもすいていたのに、急にキャパシティを超えてしまったようだった。

 だがそれも想定内だったので、傍らに控えていたしょっぱいものたちをつまむ。甘味で飽和していた味覚が叩き起こされて返ってきた。そしてまたケーキで口と脳をいっぱいにする。どんなに時間が経過しても、せつないくらいケーキはおいしい。

 急激にペースを落としながらも、何とか完食。かかった時間は1時間8分だった。

 

 とにかく、あの丸ごとを自分だけでという幸福感がたまらなかったし、途中の「まだある!」という喜びも、にまにましてしまうくらいよかった。

 一生に一度でいいと思っていたが、食べ終わってしばらくしてみると、チョコケーキやロールケーキでもやってみたいなあなどと思う自分がいる。あまりにも贅沢な話だと我ながら少し呆れてしまうけれど。

 

 下半期も、リスト残りの4つを消化しながら楽しく過ごしていきたい。こんなケーキの暴食なんてしておきながらも、現在ダイエットの真っ最中なので、できれば宅トレ環境の充実をはかっていきたいが、あまりお金に余裕がないのでヨガマット一つ買おうにも唸ってしまう。

 日常の買い物と同時進行が可能な、防災の備蓄の見直しをしていこうか。ローリングストックや、水の買い足しなど、計画してみようと思う。

絶対からだ資本主義

 高校時代は携帯サイト全盛期で、私も例に洩れず、インターネット上に小さな自分の城を持っていた。

 二次創作小説やイラスト、写真を載せたりもしたが、そういえばほぼ毎日ブログを更新していたと思う。よく書くネタがあったな、マメだったな。(実際、書いていた内容は大したことではなかったはずだ。定期テストのこととか、好きな漫画のこととか。)

 ブログとは別に、つぶやきを載せているページもあった。自分しかいないツイッターのホーム画面のような。大学合格の喜びも、真っ先にそこに書きなぐったのを覚えている。

 今はブログというと、ここくらいである。日記のように毎日更新してみようかとふと思ったが、そこまで気力は続くかというと自信はない。いよいよツイッターが使えなくなったらそうするかもしれない。自分の脳内を書き散らして放流する場所は絶対に必要だ。

 

 前回の記事の最後で、次はクラフトビールについて書くと記したが、ツイッターで気まぐれに次回記事のアンケートを取ったところ、意外にもがん検診の顛末に票が集まった。(そもそもそんなアンケートに応じてくれる人が10人もいてくださることに感動しました。本当にありがとうございます。)

 なお候補にはクラフトビールとがん検診のほか、ファフナーの感想と今年やりたいことリストがあり、それらもいずれ書いていくのでぜひ読んでいただけたらと思う。

 

 というわけで、がん検診の顛末。

 そもそも話の発端は昨年11月に遡る。いや、4月といったほうが正しいか。

 新年度に入ってしばらくのころ、住んでいる自治体から子宮頸がん検診のお知らせが届いたのである。

 

 30代以上で子宮頸がんのリスクが格段に上がるというのは一応知っていた。

 薄桃色のはがきをよく読んでみる。市の補助によって、1,000円で検査が受けられるという。対象は30代以上の女性で、生まれた月の偶数・奇数によって隔年で順番が来る仕組みだった。(もちろん制度は自治体によって異なると思うのでご留意いただきたい。)

 自分もいよいよそういう年なのだと、自治体からのお知らせで自覚させられる。市民サービスが用意されている安心感と、老いに対する複雑な気持ちがないまぜになった。

 一人暮らしの身で、健康管理は最重要課題だ。不調を感じた時の対処はもちろんだが、定期的なチェックを怠らないのもまた大切だろう。

 よし、そのうち行こう。

 そう思って気が付くと半年が経った。時の流れの速さは凄まじい。

 

 11月、無事に32歳の誕生日を迎えた。

 またひとつ大きくなれてよかったよかった、そういえば子宮頸がん検診受けなきゃなーーと思い出して例のはがきを引っ張り出すと、補助が効く期間は限られていることに気づく。ちょうど11月末が期限だった。

 こうしてはいられないと、重い腰を上げて最寄りの婦人科へ行った。受付ではがきを出し、検診の希望を伝える。予想以上に混雑していて、2時間は待った。本でも持ってくればよかったと後悔した。その割に、診察時間は短い。病院とはそういうものである。

 

 婦人科に行ったこと自体は何度かあった。数年前になるが、カンジダを発症した時だった。初めての婦人科は不安だったし、やはりというか、婦人科検診台への抵抗感が少なからずあった。そりゃ、当然、脚を開いて見せる以外に方法がないのはわかるので、もはや自分との闘いだった。

 今回もあれだよなあ、と憂鬱になりそうになるのを殺しながら順番を待つ。必要なことをちゃんとやろうとしている自分えらいよ、かっこいいよ。先生もプロなんだから安心してまな板の上の鯛になりな。繰り返し念じた。

 

 実際、検診はサクッと終わったのだが、その際にポリープが見つかった。

また?と驚く。カンジダで受診したときも、同時にポリープを取った経験があったからだ。

 曰く、何度でもできるときはできるらしい。今回は検診だけだからとポリープは後日処置することになった。

 検診の結果については直接聞くか郵送するかを選ぶことができた。特に問題もないだろうと思ったので、郵送をお願いした。

 

 そして2週間後。果たして封書が届いた。

 仕事に追われて検診を受けたことも早速忘れ去っていたので、おお、そういえば受けたっけとなんの気なしに開封

 目に飛び込んできた情報に首を傾げた。

『要精密検査』

まさかの……?

『中等度異形成』

……とは、一体?

 初めて聞く言葉に少なからず動揺して、よくないとは思いながらもggった(がんに限らず病気のことを素人が適当に調べてもろくなことがない)。基礎知識がないせいで、何がどういう状況なのかは、わかるようで全然わからなかった。

 それから民間の医療保険の加入状況を確認した。がんだったらどんな保障きくんだっけ、とりあえず入院したら何万円かもらえるんだっけ?

 

 まだ正式にがんと宣告されたわけではないことくらいはわかるので、半端にうっすらとした不安に襲われながらも、とにかく次の休みに、検診を受けた病院へ再検査に向かった。

 さほど待たずに診察室に入れたが、入って即、「紹介状を書くね」と言われた。

「中等度異形成って、すぐに治療とかの話じゃないんだけど、もっと大きな病院で再検査したほうがいいから」

普通じゃないっぽいのにすぐに治療じゃないってどういうこと?!混乱して漏れそうになる言葉はひとまず飲み込んで、うなずく。

「ポリープは行った先で取ってもらいな。今やると出血しちゃって診づらくなるから」

「わかりました」

自分の体の微妙な状態を受け止めきれずにもやもやしながらも、受け取った招待状を握りしめ、その足で隣町の病院へ向かった。 

 今度は数時間待った末に、紹介状の内容を確認した医師と対面する。最初の検診の時と同じように検体を採取し、同時にポリープを切除してもらった。

 こちらの気を紛らわすためか、施術の間に声をかけられる。

「子宮頸がん検診は今回が初めて?」

「はい」

「初めてで要精密になっちゃったのかあ」

「はい……」

「なんか変だなーって思うことなかった?」

「言われてみればあったかもしれないです……」

「そっかぁ」

医師の声は努めて穏やかに聞こえるようにしているように思えた。

 そう、言われてみれば変だなと思うことが、少し。生理周期は安定しているほうなのに、妙なタイミングで出血があったりとか。

 でもそれは、今になって思えばポリープのせいだったのだ。相当な大きさのものが摘出されたらしい。直接見てはいないが、医師の言葉を聞く限り、かなりひどかったようだ。

「検査結果は2週間後に出るからね」

またお預けなのか。当然のこととはいえ、この不安を抱えたまま過ごすのが少しつらかった。

 

 そして2週間後。

 結果は問題なしだった。

 なかなか理解が追い付かないので、改めて状況の説明をお願いする。

 詳しい話は、私自身が医師ではないのでブログに尤もらしく書くことは避けるとして、つまり「中等度異形成」というのは細胞ががんになる手前のグレかけた状況らしい。

 放っておくとがん化するかもしれないので、監視して、もし悪化したらすぐに処置できるように構えておくのだそうだ。

 精密検査ではなく、比較的簡単な検査を何度か繰り返す必要があるらしい。当面は2~3か月に一度。安定していれば半年に一度。

 話を聞いてまず心配になったのは検査代だった。精算してみたところ、検査するのと結果を聞くを合わせて、一回当たり2,000円程度になった。

 

 自分の状況を理解するのに私は一度の説明では足りなくて、2度目の検査(つまり最初の検診の約半年後)にも同じような解説をお願いした。そこでようやく自ら質問もできた(それまでは何が疑問なのかすらまとまらなかった)。

 まず日常で気を付けるべきことを聞いたところ、特になかった。

「強いて言うなら、面倒くさがって定期検査に来なくなることが一番まずいんだ。目を離した隙にがんが進行しちゃうっていうのが結構あるから。ちゃんと病院に来てくれれば問題ないよ」

 次に、ワクチン接種の注意点を訊ねた。というのも、精密検査の後にインフルエンザのワクチン接種を受けて、問診票にどう書いたものか迷ったからだ。私は今、健康と言っていいのか?

 これについても医師は特に気にすることはないとのことだった。

「内科の先生が見てもピンとこないと思う。特に気にせずワクチン受けて大丈夫だよ」

そういうものなんだ。

 だとするとーー私はいよいよ自分の状況がわからなくなった。自分の体で異変が起きているらしいのに、やれることがない。診断を見た時の衝撃や不安な気持ちに対して、その後の対応が地味というか、不釣り合いな気がしたのだ。のうのうとしてていいのか?そうこうしている間に本当にがんになってしまうんじゃないか?という焦り。

 でも、結局は医者を信じるしかない。

 特に指名せずに通院していたので、毎回診てくれる先生は違う方だったが、幸い皆とても親切で優しかった。先生たちの言うことをきちんと聞いていればまず大丈夫なのだろうと考える。暗い気持ちに振り回されたくなかった。

 

 最終的に、検査は、最初の精密も含めて全3ターンで終了した。

 最後の診察で医師曰く

「あのポリープが異形成だったんだろう、ってこと。摘出できたから、他のところは問題ない。今後はまた2年に1回の検診受けて、何かあったら来てね」

とのことだった。

 先述の通り、出だしのころは次第に間隔を広げて検査を続けていくような説明を受けていたし、長期戦を覚悟していたので、なんだか拍子抜けだった。

 念のため、エコー検査もやってもらった。子宮頸がんの検査では及ばないところも直接診てもらうことができる。

「うん、大丈夫ですね」

ほっと胸を撫で下ろす。

 こうして私の婦人科通いは無事卒業となった。

 

 これは医師に直接言われたわけではないが、私の場合、ポリープができやすい(少なくとも2度の前科がある)ことを自覚しておかなければならないのかもしれない。子宮頸がん検診で見つけてもらわなければ、あのポリープがさらに肥大化して、それこそ取り返しのつかない悪性の何かになっていた可能性があるのだ。

 私は女性の体に生まれておきながら女性特有の症状についてまだ知らないことが多いし、そもそも自分のことなのに無頓着になりがちでもある。悪い癖だ。

 些細なことであっても、なんか変だと思ったらスルーしない。これがなにより重要なのだろうと、肝に銘じる機会になった。

 

 これを読んでいる方も、どうか、ご自愛ください。ただでさえままならない人生、できるところはなるべくコントロールしていこう。

 まずは自治体のホームページなどで、ぜひ、使える制度のご確認を!