ろこのかたこと

たまに役者をやる会社員の日常

向日葵

 7月に入って初めての週末に、ひまわりが咲いた。

 ベランダの室外機の上に置かれたプランターに、3株のミニひまわり。花は手のひらほどの大きさで、花弁は目が覚めるような、ひたむきな黄色をしている。レモンより濃く、どこか柔らかなニュアンスもある。すこしだけ太陽のあるほうに首を向けて、風に揺れている。

 最初に蕾を綻ばせたのは、意外にも一番陰になりやすい位置にある株だった。遠慮がちに、外の様子を伺うかのように、上半分だけ花びらを開いているのを見つけたときの感動は、開花と似た速度でじわりと胸に広がった。翌日にはもう2株も花を咲かせ、仲良く並んだ。

 その瞬間にたどり着くまでの道のりは長かった。およそ3年にもなる。

 最初に育てようと試みた年は、春先に種を買ったものの撒きどきを逃した。通常4月から6月に種を撒くのが適切とされるが、仕事が多忙で手が付けられず、結局撒いたのは7月に入ってからだったと記憶している。猛暑もあり、発芽はしたものの、花がつくまでに至らなかった。

 翌年は、前年に買った種が果たして発芽するのかという点がまず最初の問題として立ちはだかった。もともとの発芽率は7割程度だが、時間が経つと確率はかなり下がるようだ。新しく買いなおそうか、と思案する。だからといって残っている種を捨てるのも忍びないと思い、迷った末にイチかバチかで埋めた。

 果たして芽は出た。本葉も順調に増えた。暑さに負けず、一生懸命伸びようとするひまわりはとても健気で愛おしかった。

 しかし、悲劇は訪れる。

 洗濯物を取り込む際に、うっかり手を滑らせてひまわりたちの上に落としてしまったのだ。たとえ軽いシャツ一枚であっても、やわらかいミニひまわりには猛威だった。どの株も茎は真ん中からぽっきりと折れていた。一瞬の気のゆるみが取り返しのつかない結果になる。茎や葉を拾い集めながらこれまでの日々を思い出し、後悔とやるせなさに唇を噛んだ。

 そして、今年。

 土は古くなってきていたので、冬の終わりに天日に干した。撒きどきも逃さず、水も忘れずかけ続けた。これまでの失敗を生かし、今年こそは咲かせてみせると意気込んでいた。

 しかし、知識不足が新たな悲劇を生む。

 10センチほどの高さに育った苗を、あろうことか、別のプランターに植え替えてしまったのだ。

 ひまわりは植え替えに極端に弱いのだ。それを知らずに、残酷なことをした。

植え替えを終えて一息ついている傍で、すべての株がみるみるうちに葉が萎れていくのを目の当たりにした私の絶望たるや。罪を知り、なんとかして復活しないかと試行錯誤した。水を与え、肥料を与え、弱いものには支柱を添わせて、祈るような気持ちで様子を見続けた。

 どうにか持ちなおし、ほっとしたのも束の間、さらなる壁が立ちはだかる。

 虫害だ。

 5月の末、すくすくと育つひまわりの葉の先が縮れているのを見つけた。最初は水が足りないのかと思ったが、何か白い筋のようなものが見える葉もある。虫に食われているのなら犯人が葉の裏にでも見つかっていいはずだが、どうにも見当たらない。私はしばらくネットで該当する症状を探し、原因を考えた。だが園芸初心者で知識も乏しく、自力での特定は難しかった。明らかな異常事態を訴えるひまわりを前に、しばらく考え込む。

 そういえば、と私はラインでアカウント検索をした。アース製薬の園芸アカウントのアドバイスが手厚いと、ツイッターで話題になっていたのを思い出したのだ。まもるくんという名の愛らしいクマに、藁にもすがる思いで尋ねてみた。

 写真を見た結果、ハモグリバエの被害のように思う、とまもるくんは言った。アース製薬には対処できる薬がない、とも教えてくれた。私は原因が特定できたことに安堵し、お礼を述べると、まもるくんはお花の様子を見てくると言って、やり取りは終わった。

 園芸を趣味にしている実家の父に適切な薬を教わって(当初から父を頼ればよかったのかもしれないが、出来る限り自分で解決したいという思いがあったのだ)、処置を行った。被害にあった葉をむしるのは心苦しかったが仕方がない。その後は同様の症状がでることはなかった。しゃくとりむしが付いたこともあったが、都度きちんと潰した。

 苦難を乗り越え、ようやく開花したひまわり。

一週間経った今日も、まだまだ大きく開いてくれていた。思ったより長く楽しめることに驚いている。

 正直、花を種から育てるのがこれほど難しいとは思わなかった。その分、自分の手でなにかが育っていく喜びを、達成感を、知ることができたように思う。

 枝咲きの種なので、これから咲く蕾も増えてきている。また、植え替えてしまった株はまだ成長過程だ。引き続き夏の小さな庭を愛おしんでいきたい。